こんにちは。
すっかり静かになった街、飯田橋にあるカウンセリング・オフィス、サードプレイスのナカヤマです。
「お店もなんもみーんな閉まっちゃってるから、仕事もないし、外で散歩するか、家にいて本読んでます」
と、私のMac bookの画面越しにノリコさんは言いました。
ノリコさんはフランスに住んでいて、絵を描いたり、モノを作ったりして生活している60代の女性です。毎年夏には日本に帰ってきてサードプレイスに立ち寄られるのですが、今年は帰国を断念し、オンライン・カウンセリングでお話しすることになったのです。
ノリコさんの住んでいるところは、私たちよりも一足早く都市封鎖の憂き目にあっています。
彼女から学べることがきっとあるに違いありません。
「散歩と読書は、この時間を過ごすのにいい方法ですね」と私が頷いていると、ノリコさんは、
「朝起きたらまず、ウエストポーチに万歩計を入れるの。私毎日、レッチリのBy The WayのPVに出てくるタクシードライバーみたいな恰好しているんよ」と言って立ち上がり、ポーズを決めました。
見ると、白のタンクトップにヒョウ柄のサルエルパンツみたいなゆるめのズボンをはいて、腰に小ぶりなウエストポーチをつけているノリコさんがいます。
タクシー運転手の標準的な服装というものがあるとしたら、今ノリコさんがしている、ロック・バンドのPVの中のタクシー運転手の恰好は、それから相当かけ離れているものではないでしょうか。
「すごい、ですね」と私が、やや言葉を失い気味に、それでもなんとか感想めいたものを押し出すと、それを賛辞と受け取ったのかノリコさんはニッコリして、
「あと、こっちの人らはみんな、カミュの『ペスト』とか読んでるよ。この作品は新型コロナにあえぐ今の状況への警鐘となり得るとか言って」と、教えてくれました。
「日本でも『ペスト』や小松左京の『復活の日』なんかがメディアで話題になっていましたよ。人の考えることは同じですね」と、私が応じると、
「警鐘て」とノリコさんは、眉間にシワよよせて、(ノリコさんなりの)憂いを含んだようなため息をついて、言いました。
「警鐘て、『ジョーズ』の人食いサメを見て、すんごい怖い思いしたからって、ビーチに行く予定をキャンセルするかっていうと、しないじゃろ。ほんで、『13日の金曜日』とかのホラームービーで、イチャイチャしよるカップルがジェイソンに最初に殺されるからって、夜のキャンプ場でのイチャイチャやめるんかっていうと、やっぱりやめられるもんではないです」
いつものノリコさんらしい物言いに、私が思わずハハハと声をあげて笑うと、ノリコさんもウケケケと面白そうに笑いました。
あったかい空気が私たちを包んだように感じました。
すると、ノリコさんはちょっと言葉を切って真面目な顔付きになり、こういいました「私、ケッコンすることになりました」。
いささか突然の話の展開にたじろいだ私が「え、え、誰と、ですか?」と間の抜けた調子で問うと、ノリコさんはなんだかカタい表情のまま「病院のセンセイをやってる人で、今大変なんですけど、毎日毎日ずーっと飽きもせず私に電話しよるから、PACS(事実婚)してもいいかなって」と答えました。
早口で話すノリコさんの言葉の中にある、「センセイ」の最初の「セ」についた、お国言葉のアクセントの響きに、なんとも言えぬ優しさが滲み出ているように感じました。
ようやく事態を飲み込めた私が、居ずまいを正してお祝いを伝えると、ノリコさんはフッと息を吐いて、さっきよりも柔らかい声で「ありがとう」と言い、「なんでも聞いて」と大物芸能人みたいに椅子の背にもたれました。
それから、ノリコさんとセンセイとの出会いの場面から親密になるまでの軌跡、ライバルの出現や、プロポーズに至るまでのやりとり、ソウルメイトについて、人生の不思議さについて、つまりは、「恋バナ」満載のセッションを終えると、ノリコさんはキラキラした少女のような笑顔で、画面の向こうからバイバイと手を振ってくれました。
今となっては、レッチリのタクシードライバーの格好がとてもイカして見えました。
そしてそれは、たとえ不自由な環境の中にいても、人の心は自由でいられると思えた瞬間でもありました。
不安に閉ざされた世界であっても、私たちの心はちゃんと生きて、動いていて、ポジティブな気持ちを表現する力があります。
今日も確かに、ノリコさんに学ぶことがあった日でした。
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ではまた!